原宿


洒落た駅舎の原宿駅、今や若者の街として有名ですが、この街が歴史に登場したのは
江戸幕府が開かれる少し前のことでした。 時はさかのぼり、本能寺の変が起こる直前
家康は信長の招待を受け、30人ほどの供を連れて畿内各地を見物しておりました。
ところが本能寺の変が起き、兵を挙げるため三河に急ぎ帰らなければなりません。
一行が選んだ最短コースは、伊賀の山を越え、伊勢から海で三河に渡るというもの。
しかし、間道には地侍や土民が潜み、武士といえども危険きわまりないコースです。
このとき、供の一人、伊賀出身の服部半蔵が集めた伊賀者により助けられ、
無事に伊勢まで抜けられたといいます。この伊賀越えを契機に、家康は伊賀者を
召し抱え、その知行地として与えたのが原宿村、隠田村でした。明治以降の町村合併
により、「原宿町」という町名が誕生して長らく親しまれましたが、昭和40年に
竹下町、隠田町と合併し神宮前となり、地名から消えています。もともと、ここは
鎌倉道沿いの土民が開いたかなり古い宿場がその名の起こりとなっており、江戸幕府
開府前の記録にも「江戸原宿」とあるそうです。ちなみに鎌倉道とは、鎌倉時代に
板東の武者がいざ鎌倉という時に通る道のことで、都内には何本も残されています。

左は通常のホーム、右は年末年始に明治神宮の
参拝客が増えるため利用される臨時ホームです。

ホーム北に目を転じると
皇族専用のホームがあります。

線路をまたぐ五輪橋

神宮橋から見たホームの様子

駅前にドーンとあるスヌーピータウン
特別どうこうという訳ではありませんが・・・。

そして竹下通り入り口です。
朝は閑散として、掃除をする人がちらほら

原宿といえばクレープ屋さんですね。
クレープを食べながら歩くのも一つのファッション

エルビスファンのメッカ、ラブミーテンダー前の銅像
生きていればもうすぐ70歳になるんですね。

急に雰囲気は変わって・・・
広大な代々木公園を抜けます。

隣接する国立代々木競技場は、東京オリンピック
のため建造され、約40年が経ちます。
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